昔ながらの原風景が広がる、奥信濃の北志賀高原。 その里山にある「夜間瀬あけび工房」の管理人、松本百合子さん。 自然の中で生き、山とともに暮らす百合子さんとおしゃべりしていると、 いつものように、季節の手しごとがはじまりましたよ。 さあさあ、夜間瀬あけび工房の囲炉裏端へ、みなさんもどうぞ、ごいっしょに。
そばの里で生まれた、須賀川そばと早そば。
「本当はさ、そば切りにして食べたいんだけど、オヤマボクチを使ったそばだと打つのに1時間くらいかかるでしょ。日が落ちるまで畑で働いて帰ってきて、大根をビャっと入れてそば粉入れてくるっと混ぜて、ササっと出せる。早くできるから早そばっていうんだよ。今の80代くらいの人たちは、毎日毎日早そば食べてたんだって。もう、見るのもイヤだっていうくらいね」
今回、百合子さんに教えていただくのは「早そば」。早そばは長野県の無形民俗文化財に指定されている郷土料理で、百合子さんが暮らす北志賀高原の山ノ内町須賀川とお隣の栄村で、昔から食べられてきました。須賀川地区は、年間12トンものそばが栽培されている「そばの里」。早そばは日常食として親しまれてきましたが、そば粉を打って細く切るそば切りは、ハレの日の食べ物だったそうです。
その、ハレの日にふさわしい「須賀川そば」は、知る人ぞ知るご当地グルメ。最大の特長は、「オヤマボクチ」というヤマゴボウの葉の繊維をつなぎとして使っていることです。つるんとなめらかで、のど越しがよく、驚くような独特のコシ。つなぎは無味無臭のオヤマボクチだけなので、そばの香りがしっかり楽しめる今まで食べたことのない味わいです。二八、十割、更科、藪‥と、代表的なそばと肩を並べてもおかしくないと思うほど!
シャキシャキの大根とそばの香りがたまらない!
さっそく早そば作りスタート。
一見、そばがきのようにも見えますが、違いは早そばには大根が入ること。
「早そばも大根がとれる時期がいいんだよ。夏の大根じゃアクがあるからダメ。秋にとれた甘みと水分がたっぷりの大根を使うとおいしい早そばになるんだ」
収穫した大根を取り出す百合子さん。秋から置いておいたとは思えないほど新鮮です。
「大根は2、30本とって、新聞紙にくるんで車庫に立てて置いとくの。桶に入れて水分逃がさないようね。白菜は20玉くらいかな。ネギは立てて雪の中に置いとくと甘くなるよ。畑からとってきたものを、そのまま池の周りに置いておくのもいいんだよ。雪はしみない(凍らない)し、いいお布団になるんだって。でも、ネズミに中身食べられちゃうことがあるのよ!」
「大根はシャキシャキじゃないとおいしくないから、繊維にそって切るんだよ」
トントンシャキシャキとリズミカルに、みずみずしい大根を切る音が響きます。そば粉は水でよく溶いて、フライパンに湯を沸かし大根にさっと火を通します。そこに、溶いたそば粉を入れてササっと練り合わせたら完成!
さすが早そば、あっという間にできあがりました。
そば粉の香りを楽しめるよう、薄味のつゆをお椀にはって、薬味のネギを添えます。
「早そばもいろいろな作り方があってね、昔はもっとトロっとしてツルンと口に入るかんじだったみたいね」
百合子さん、何やらまたそば粉を溶きはじめました。今度は何を作るの?
「そばせんべいだよ」
こちらも地域に伝わる郷土食。水で溶いたそば粉をフライパンに流し入れていきます。これはそば粉のパンケーキ?
「油をひかずに焼くの。昔はほうろく鍋使って囲炉裏で焼いていたんだよ」
そばせんべいもあっという間に、おいしそうに焼き上がりました。
それでは、百合子さんのそば粉料理、いただきます!
「早そばはつゆと一緒に食べるんだよ。そばの香りを楽しむなら、早そばが一番じゃないかなぁ」
百合子さんの言葉通り、そばの香りが口に鼻に広がって、シャキシャキの大根がアクセントになっておいしい!大根が入っている分、そばがきより軽い感じがします。
そばせんべいはネギ味噌、山椒味噌をつけていただきます。そばせんべいに味噌がよく合って、モチっと香ばしくてパンのような感じ。おやつにも食事にもぴったりの一品です。
「山椒味噌だとちょっと香りが強いかな。これからの季節だと、フキ味噌がとっても合うんだよね」
この味噌も百合子さんの手作りです。
「去年の4月に仕込んだ味噌。10キロの味噌作るのに、普通麹を10キロしか使わないところを、私たちは15キロ使うの。とってもまろやかな味噌になるんだよ。こねて玉にするのは大変だから、みんなに手伝ってもらうのよ。若い人がこねた玉より、年寄りがこねた玉の方がまろやかになるって話聞いたことがあるよ」
シワの数だけまろやかさが増す⁈なんと不思議な話です。
どんな子でも持っているキラッと光るものを、
認めながら育てていく。
春になると味噌を仕込んで、畑に種を蒔き、山菜をつんで季節を味わう。ひとつひとつ手間をかけた、丁寧な暮らしがここにはあります。
「都会に住んでいる人には、贅沢な暮らしだよっていわれるけどさ。いつも畑で土まみれだよ。でも、土にふれることは、精神を安定させるのかなぁ。陶芸の先生も、土をこねてさわっていることで集中できるっていってたしね」
「都会の子どもたちは、びっくりするほど坂を下れないの。歩き慣れていないからね。平衡感覚も育ってないんじゃないかなぁ」
そういえば、ここ夜間瀬で子どももお年寄りも鹿のように軽やかに山道を歩いている姿を見かけ、驚いたことがありました。
「山を駆け巡っていると、勝手に体が育つんだよね。体が育つってことは、脳も育つ。机に向かっているより、その方が大事なんじゃないかなぁ。今の子どもたちに何が必要なのか、大人はもっと考えた方がいいと思うよ」
小学2年生の百合子さんのお孫さんも、自然の中で自分で遊びを見つけ楽しんでいます。与えられたものでも、教えられたものでもなく、自分がおもしろいと思ったことを遊びにできるって、子どもの成長にはとても大切なことですよね。
「馨代を育てて思うんだけど、どんな子でもキラッと光るものがあるんだよね。東京の病院の保育園で働いていた時、重度障がいの人たちがいらっしゃって。寝たきりで普段感情を表すこともないんだけど、副院長先生の回診の時にはニッコリしてさ。どんな障がいを持っていても、好きな人にはちゃんと感情を見せることができてね。それを経験させてもらって、やっぱり人間誰でも光るものを持っているんだなぁって。それをプロの人なんかに磨きをかけてもらえば、力になるんだよ。得意なことも人それぞれ。みんな違っていいと思う」
百合子さんの娘の馨代さんは、軽度の知的障がいを持っています。1歳半まで言葉が出ず、歩くこともできなかったそう。
「発達が遅れていることはわかっていたんだけど、検査をして知的障がいだとわかった時は目の前が真っ暗だった。普通で当たり前だと思ってたからね」
それから、馨代さんの子育てに必死だった百合子さん。少しでも能力を引き出そうと、一生懸命に字を書かせたこともあったそうです。
「でも、小学校に上がる前くらいかな。一生懸命やることが、この子にとっていいことじゃないって気づいた。今の馨代を認めることが、この子にとって一番大事。遅いなら遅いなりに、1日を楽しく過ごしていくことが大事なんだろうなって。人間、みんな違っていい。馨代は馨代なりに生きていけばいいんだよね」
馨代さんが中学生の頃から続けている機織りの工房として立ち上げた夜間瀬あけび工房。ここで、馨代さんは陶芸とも出会い、多くの作品を創ってきました。現在は、週5日は仕事、残りの2日は工房で陶芸に打ち込む多忙な日々。数や言葉を整理して伝えることは苦手だけど、自分のペースで生活を楽しんでいます。
「夜間瀬あけび工房は馨代のための場所だったけど、みんなが楽しめる所にしようと、お餅ついたり、笹餅作ったり。いろいろな人がかかわってくださるのが一番だね」
今日も心にしみるお話と、おいしい早そば、ありがとうございました。
早そばの作り方
材料
そば粉 120g 大根 200g 水 300㏄ ネギ 適量
1
大根は繊維にそって千切りにする。
そば粉は水100㏄で溶いておく。
2
フライパンに水200㏄を入れて沸騰したら大根を投入。
3
大根にさっと火が入ったら溶いたそば粉を入れ、大根と一緒にくるくる混ぜる。
ひと塊になったら火を止める。
4
お椀に早そばを盛り付け、そばつゆ(薄味で)を注ぐ。
ネギを添えてできあがり!お好みで焼きのりをのせてもおいしい。
そばせんべいの作り方
材料
そば粉 水 味噌
1
そば粉を水で溶く。
2
フライパンに流し入れ、表面にプツプツ穴があいてきたらひっくり返す。
3
両面焼けたらできあがり。
味噌をつけていただく。
ネギ味噌や山椒味噌、ふきのとうの時期にはフキ味噌もおすすめ。
松本 百合子さん
名古屋生まれ。短大卒業後、保育士として名古屋、東京で働く。結婚を機に北志賀高原の夜間瀬へ。二人の娘を育て、現在は夜間瀬あけび工房の管理人として、山で暮らす知恵や伝統を楽しみ、つなぐ場を地域の人とともにつくっている。私はすべてが「なんちゃって」で「いいかげんなんです」が口ぐせ。
百合子さんのブログ
夜間瀬あけび工房
障がいのある人もない人も、若者もお年寄りも、みんなでこれからの楽しさを創造しよう!と、2003年百合子さんを中心に機織りや陶芸を創作している人たちが開設。築100年を超える古民家でさまざまな手仕事が体験できる。工房展やそば打ち講習などのイベントも開催。