昔ながらの原風景が広がる、奥信濃の北志賀高原。 その里山にある「夜間瀬あけび工房」の管理人、松本百合子さん。 自然の中で生き、山とともに暮らす百合子さんとおしゃべりしていると、 いつものように、季節の手しごとがはじまりましたよ。 さあさあ、夜間瀬あけび工房の囲炉裏端へ、みなさんもどうぞ、ごいっしょに。
ダーニングで、
愛着のある服を大切に着続ける。
「イギリスには“ダーニング”っていう、楽しい繕い方があってね。私たちが子どもの頃はさ、服に穴があけば、親があいてるとわからないように同じ色の糸できれいに直してくれたでしょ。ダーニングはその逆の発想で、目立たせて模様にしてしまうんだよ」
今日、百合子さんに教えてもらうのはダーニング。
ダーニングは、穴があいたり擦れて薄くなった服を修繕する、イギリスに古くから伝わる生活文化なのだそうです。そんなおしゃれな繕い方、百合子さんどこで知ったの?
「スーザンがご主人のセーターを直してほしいって持ってきてさ。ご主人のピーターはイギリスの人で、物をすっごく大事にしてね。服も汚れたら洗えばいい、破れたら縫えばいいって人で、ビリビリになった袖を直したいって。スーザンは、面倒くさいからイヤだって。新しく買えばいいじゃない!っていったんだって。でも、ピーターは愛着がある服だからどうしてもって、私のところへきたんだよ」
夜間瀬あけび工房が
さまざまな出会いの場に。
台湾出身のスーザンは、茨城県の笠間市で笠間焼の修業をしていたのだそう。野沢温泉でホテルを経営しているピーターと結婚し、野沢にやってきました。こちらでも陶芸を続けたいと、夜間瀬あけび工房を訪れたのが、百合子さんとの出会いでした。
夜間瀬あけび工房は、機織り機やろくろ・窯をそなえた、百合子さんの娘である馨代さんの創作の場。
スーザンはここへしょっちゅう通い、益子で修行をされた陶芸家の藤本勉さんとともに創作活動を楽しんでいたそうです。藤本さんは、元テレビ局のアートディレクター。馨代さんに陶芸をすすめ、指導した方でもあります。
「藤本先生、最初は馨代を教えるのすごく苦労されてね。馨代も高校卒業してすぐの時だったから、人とのかかわり方がわからず、できなかったら癇癪起こして。それでも辛抱強く教えてくださったんだよ。」
「なんでも許してくれる度量の広さっていうのかな。器が曲がっていても、それが素晴らしいんだ、俺らにはそういうことができない。馨代はスゴイって褒めて育ててくださった。俺は褒めてるつもりはない、本当のことをいってるだけだって」
藤本さんが高齢になり工房に来られなくなってからは、スーザンが馨代さんの師匠に。
なんでも教えるけど手は出さないというスーザンの指導のもと、馨代さんは陶芸のすべての工程をひとりでこなせるようになったそうです。
特別な道具は必要なし。
家庭で楽しみながら簡単に直せる。
そんなスーザンも、ダーニングはすべて百合子さんにおまかせ。今日、ダーニングしているのも、スーザンが持ってきたくつ下です。
「ピーターのセーターを持ってきた時、ほつれがわからないよう直せばいい?って聞いたら、それじゃかわいくないから、違う色の糸で直してっていうんだよ。それがダーニングのいいところなんだって。ピーターもすっごく喜んでくれてね。最初は自己流でやってたけどさ、スーザンがダーニングの本をもってきてくれて、縫い方もいろいろあって楽しくなってきちゃって」
百合子さんのダーニング道具は、針と糸、指ぬきと…この棒は、いったい何に使うの?
「穴があいているところをこの棒にかぶせて固定するんだよ。これは、手すりだった棒と肩たたき。こけしを使う人も多いみたいね」
“ダーニングマッシュルーム”というダーニング用の道具を、家にあるもので代用しているのも百合子さんならではです。
「ともの布を使って、縦糸も横糸もそのままに一目ずつ埋めていくっていうのが日本のやり方。でもダーニングはきれいに縫わなくていいの。縫い目も同じじゃなくていいし、どっち向いてたってかまわないんだよ」
破れたからこそ、
世界にひとつだけのものに生まれ変わる。
手すりの棒にくつ下をかぶせて穴を固定し、アクセントになるような色の糸を選びます。
糸を2色使ってもいいし、なんだかとってもクリエイティブ!おしゃべりしながら、5分ほどでくつ下の穴がかわいらしくふさがりました。10年ほど前からダーニングをはじめたという百合子さん。イチバンお気に入りの作品をみせていただきました。
「私の母が夫のために編んでくれたセーターなんだけど、誰も着ないし、ずっとしまっておいたらたくさん虫が食ってたの。母の手編みだから何とかならないかなぁと思って、ダーニングで繕って、袖は外して帽子にしたんだよ」
ブルーのベストにダーニングの模様が映えて、とっても素敵!お孫さんのためにつくった帽子もあったかそうです。
「今なんて、服が破れたりしたらすぐポイでしょ。くつ下なんて特にそう。でも、ちょっと覚えておけば、捨てたくないモノも活かせるしね。破れたことで、世界にひとつだけのものになるんだから。そう考えると楽しいよ」
ほんと!ダーニングを知っていたら、あのお気に入りの服もあきらめずにすんだかも!
愛着のある服が、自分の手でもっと愛着のわく服になっていく。修理しながら長く使うということは、大切なものを増やす方法でもあるのですね。
時代に流されない
山での暮らしを受け継ぎ、発信していく。
百合子さんが今日着ている服も、半纏をリメイクしたものだとか。擦れてきたらあて布をしてミシンをかけ、大切に使っています。今、若い世代にも古着が流行っていて、安くておしゃれだっていわれていますよね。
「近頃は資源は限られているって教育もされるようになったし、物を大事にするのはいいことだよね。」
「バブルの時は、何でもあるから買っては捨て買っては捨てって、昔は消費が美徳だったんだよ。でも、田舎に住んでいたら、バブルはあんまり関係なかったね。昔からやってきたことを、日々変わらずやっていく。それが、生きていくうえですごく大事。」
「あと、知恵ね。山で暮らす知恵っていうのがあるから、それを受け継いでいかなくちゃいけないと思ってる」
山での暮らし方をみんなに発信したいと、ブログをはじめた百合子さん。
2007年から続けているブログには、季節の移り変わりや野の草花、四季折々の手仕事などが綴られています。美しい野山の写真を見ているだけで癒され、時間を忘れて延々とスクロールしてしまいます。
決して時代に流されない、田舎での暮らし。また、私たちにも教えてくださいね。
四角のダーニング
用意するもの:
ダーニングマッシュルーム(こけし、おたま、肩たたきなど緩やかなアール状のものなら何でも代用できます)
針、糸(刺繍糸、毛糸、手縫い糸など)、糸通し、指ぬき、ゴム
1
ダーニングマッシュルームに、穴が中心に来るようにセットし、ゴムで留めて固定する
2
まず、タテ糸からスタート。
穴の右上5㎜のところに表から針を左に、糸を1、2本すくって一針刺し表に出す。糸の端は10㎝ほど表に残しておく。
3
一針目の下の、穴の右下5㎜のところに同様に左からすくってタテ糸をつくる。
4
1本目のタテ糸の左に糸1本くらいの間をあけて、穴の左側5㎜のところまで繰り返して縫う。
左上に糸を出した状態でタテ糸が完成。
5
ヨコ糸を通す(ヨコ糸は色を変えてもOK)。
タテ糸の右角の端を右から一針すくい、1本目をとばし、2本目はくぐらせを交互に繰り返す。
左の端までいったら一針すくう。
6
ダーニングマッシュルームを180度回転させ、同じようにヨコ糸を渡していく。これを繰り返す。
7
糸の始末をする。
糸の端をタテ糸に沿わせて内側に隠し、さらにヨコ糸に沿わせてL字型にして隠す。
残った糸の端をカットして完成!
松本 百合子さん
名古屋生まれ。短大卒業後、保育士として名古屋、東京で働く。結婚を機に北志賀高原の夜間瀬へ。二人の娘を育て、現在は夜間瀬あけび工房の管理人として、山で暮らす知恵や伝統を楽しみ、つなぐ場を地域の人とともにつくっている。私はすべてが「なんちゃって」で「いいかげんなんです」が口ぐせ。
百合子さんのブログ
夜間瀬あけび工房
障がいのある人もない人も、若者もお年寄りも、みんなでこれからの楽しさを創造しよう!と、2003年百合子さんを中心に機織りや陶芸を創作している人たちが開設。築100年を超える古民家でさまざまな手仕事が体験できる。工房展やそば打ち講習などのイベントも開催。