昔ながらの原風景が広がる、奥信濃の北志賀高原。 その里山にある「夜間瀬あけび工房」の管理人、松本百合子さん。 自然の中で生き、山とともに暮らす百合子さんとおしゃべりしていると、 いつものように、季節の手しごとがはじまりましたよ。 さあさあ、夜間瀬あけび工房の囲炉裏端へ、みなさんもどうぞ、ごいっしょに。


刺し子は、服を最後まで大切に使う生活の知恵。
「衣類がものすごく貴重だった時代に、破れたところを縫って縫って補強して厚くして。そうすると丈夫にもなるし、保温にもなるでしょ。でも、ただ縫うだけじゃおもしろくないから、いろんな模様にしてさ」
今日、百合子さんに教えていただくのは「刺し子」です。
刺し子の発祥は江戸時代。全国的にみられる技法のようですが、広く知られているのが伝統手芸として伝承されている東北地方の刺し子。当時貴重だった綿の衣服を最後まで大切に使うために、また厳しい寒さをしのぐために、生活の知恵として生まれ根付いていきました。
現代では、手芸として花ふきんに模様を刺したり、インテリアやファッションなどに取り入れられることも。サステナブルで美しいと、ヨーロッパの国々でも注目を集めているそうです。
百合子さんが刺し子を始めたのは5、6年前。山形県米沢市の「原方刺し子」の技術継承者である刺し子作家、遠藤きよ子さんのワークショップに参加したのがきっかけでした。


「スーザン(あけび工房の仲間)に誘われて行ったの。彼女はランチョンマットが作りたいっていってさ。でも、忙しくなって途中止めになってたから、私が全部仕上げたんだよ」。
スーザンの代わりに縫物をする百合子さんって…たしか、ダーニングの時もそうだったような!
はじめは小さな模様から。
キットを使えば簡単に楽しめる。。
「ランチョンマットなら、端っこにちょっと模様入れるだけでいいからさ」。
今日、刺し子するのもランチョンマット。結婚式の披露宴で持ち帰ったものを染めたのだそうです。家にあるものをうまく使う、さすが百合子さん!
まず、サークルプレートという円形のテンプレートを使って、チャコペンで模様を描いていきます。入れているのは、刺し子の伝統模様のひとつ、「青海波」という波のうねりをかたどった模様です。
「模様もたくさんあるんだよ。それで、これを描くのがとにかく大変なの!」。
布に模様が描いてある刺し子キットもあり、100円ショップでも買えるのだそう。それなら、初心者でも気軽に始められそうです。百合子さんが最近使っている布も、模様がプリントされたものだとか。




「刺し子の布、もらってくれない?って知り合いから連絡があってさ。もらうの好きだからもらったんだけど、これ、一巻きもあるんだよ」
しばらく刺し子をお休みしていたそうですが、布をいただいてから再開したのだそうです。
模様が描けたら糸を刺していきます。
「刺し子は糸に玉止めしないんだよ。二針くらい返し縫いするの。縫い目は3ミリくらいかなぁ。それでチクチク縫ってくの。ひとりでチクチク、チクチクやりながら、いろんなことを想ったり、思い出したりしながらさ。今日のおかずはどうしようとか、あの人どうしてるかな、元気かな?とかさ…」
針を動かしながら思う、懐かしい人。
百合子さんが懐かしく思い出すのが、高校時代の友人、恵子さん。
「名古屋の松蔭高校ってところに通ってて、1年生の時に同じクラスになってからずっと仲良くてね。彼女はすごく頭のいい人だったんだけど、大学は行かないって。2年生になって進学組と就職組に分かれてからも仲良くしてたんだよ。」
「彼女の家に遊びに行った時、お母さんがお昼ご飯にって出してくださったのが卵焼きでね、トマトとチーズが入ってたの。私、チーズなんて食べたことなくて、初めての味だった。時々、トマトやチーズを入れたオムレツを作っては、彼女のことを思い出すんだよねぇ」。
恵子さんは高校時代の同級生と22歳の時に結婚。百合子さんが夜間瀬へ嫁いだ後も、一度だけ会ったことがあったのだそう。でも…。
「馨代がお腹にいる時に、家が火事になっちゃってね。いろんなものが燃えて、彼女の電話番号がわからなくなってしまって。それから連絡が取れなくてね」
「この針山、彼女が高校の時に作ってくれたんだよ。見るたんびに、また会いたいなぁと思ってね」。
高校時代から60年以上使い続けている、恵子さんからのプレゼント。いつかまた、思い出話に花を咲かせる日が来るといいですね。


互いを想い、支え合いながら、
厳しい山の暮らしを乗り越える。
「はい。これで出来上がりだよ」
おしゃべりしながら、1時間ほどで完成。素朴でなんだかホッとする、人の手のぬくもりを感じるランチョンマットになりましたね。


刺し子は、雪深い季節を楽しむための手しごと。ここ北志賀高原にも、本格的な冬がやってきました。11月下旬に降った初雪で、積雪30センチにもなったとか。雪囲いといった冬支度や雪下ろしは、ご近所の手を借りることもあるのだそうです。
「裏落合の人はね、お互いのことを思って生活してるってよくいわれるんだよ。ここは特別だってね」。
「昔は水道もなかったでしょ。上に住んでいる人たちはね、水をきれいなまま流さなきゃいけないんだよ。その水を下の人が使うからね。桶に入れて洗い物をして、その水は畑にまいて。汚い水が流れていかないように工夫してさ。それはすごいと思ったね。生活が困難だっただけに、みんなで協力しなくちゃいけなかったんだろうけど」。
百合子さんが暮らす裏落合地区は、山の斜面の段々とした地形に集落があります。互いのことを考える知恵と思いやりで、村を維持してきたんだろうと語る百合子さん。現代人が失ってしまった大切なものが、ここにはまだしっかりと息づいているようです。
「もうひとつさ、私、ここで本当によかったと思うのは、馨代のことなんだよ。知的障がいがあるでしょ。この集落にも障がいを持ってる方がいらっしゃったの。でも、行事にも出てきてたし、みんなが普通に接していてね。この村なら、きっと馨代も育ててもらえるんだろうなって思ったよ」。


馨代さんはいろいろな人に支えられて、工房での創作活動や仕事など、できること、やりたいことに精一杯取り組んでいます。
「本当はさ、社会っていうのはそうじゃなきゃいけないんだよね。優秀な人ばかりが、どんどん先に行くんじゃなくてね」。
そうですよね。社会を形づくっているのは、優秀な人間だけじゃない。それぞれが持つ価値を認め合い、助け合うことの大切さを、あらためて考えさせられました。
百合子さん、今回も素敵な時間をありがとうございました。
懐かしい友だちと再会できることをお祈りしています!
刺し子でランチョンマットを彩る
用意するもの
布(今回はランチョンマットを使用)
刺し子糸
刺し子針(専用針は針穴が大きく使いやすい)
チャコペン定規・円形テンプレート
1
ランチョンマットにチャコペンで模様を描く。
(簡単に模様が描けるテンプレートも市販されています。)




2
糸は玉止めをせず2針先の裏側から針を入れ、2針戻って縫い始める(返し縫い)。


3
縫い目の大きさは3ミリ程度。裏目を2ミリ程度で縫っていく
曲線を縫う時は2、3目ごとに針を抜き糸をしごく。





4
縫い終わりも、縫いはじめと同様に返し縫いをする。
完成!



松本 百合子さん
名古屋生まれ。短大卒業後、保育士として名古屋、東京で働く。結婚を機に北志賀高原の夜間瀬へ。二人の娘を育て、現在は夜間瀬あけび工房の管理人として、山で暮らす知恵や伝統を楽しみ、つなぐ場を地域の人とともにつくっている。私はすべてが「なんちゃって」で「いいかげんなんです」が口ぐせ。
百合子さんのブログ
夜間瀬あけび工房
障がいのある人もない人も、若者もお年寄りも、みんなでこれからの楽しさを創造しよう!と、2003年百合子さんを中心に機織りや陶芸を創作している人たちが開設。築100年を超える古民家でさまざまな手仕事が体験できる。工房展やそば打ち講習などのイベントも開催。








