『人生を祝福する「老い」のレッスン』

著者：バレンタイン・デ・スーザ
幻冬舎
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穏やかに、やわらかく、自分を手放して生きるということ

「老いるって、案外忙しいなあ」と思う

健康管理、年金手続き、家の片付け、通院に運動、相続や見送りの準備……。
子どもやパートナーとの関係、近所との距離感も、変化していく。
それでも、「まだ自分は大丈夫」と無理してしまうのが私たちだ。そんな、ちょっと張りつめた日々の中に、この本は静かに入り込んでくる。

著者のバレンタイン・デ・スーザ氏は、インド出身のイエズス会司祭。長年、日本で暮らし、人々に寄り添ってきた彼がまとめたこの一冊には、「老い」を明るく、誠実に、そして穏やかに受けとめていくための言葉が、やさしく綴られている。

生きた沈黙と、やわらかい言葉

この本を読んで、まず心に残ったのは「生きた沈黙」の教えだった。誰かがつらさや弱さを語ったとき、何も言わず、ただ静かに聞く。
その沈黙は、ただの無言ではない。相手を受けとめる“場”を差し出すような、深くてあたたかな沈黙なのだ。

そして、言葉に対するまなざしも印象深い。

デ・スーザ氏は「言葉には力がある」と繰り返し説いている。人の心をあたためる力も、逆に深く傷つける力もある。だからこそ、相手を包み、やわらかく届く言葉を選ぶ。厳しい話をするときこそ、やさしいトーンと、ほほえみを添える。口論ではなく、意見の“交換”を。そのためには、自我を抑え、耳を澄ませる姿勢が求められるのだと教えてくれる。

“誰かのために”ではなく、自分の人生として

本書は、誰かを介護する人や、これから親の老いに向き合う人にとっても大きなヒントになる。たとえば、認知症の初期症状のような“うっかり”をどう受けとめるか。何度も同じ話を聞かされたときに、どう応じるか。つい、叱ったり、正したくなったりするけれど、そんなときこそ「穏やかさ」と「受容」が必要なのだと教えてくれる。

ただ、著者は「そうすべき」とは一言も言わない。あくまで「こう在れたら、きっと楽になるよ」と、背中をそっと押してくれるようなまなざしで書かれているのが心地よい。

老いとは、「誰かの迷惑にならないように生きること」ではなく、「自分の人生を最後まで丁寧に生きること」なのだと気づかされる。

静かな祈りのような一冊

読み終えて、胸の奥に静かなあたたかさが残った。“老い”に対する恐れや抵抗感が、すこし溶けていくような感覚だった。

この本は、老いの技術書でも、自己啓発本でもない。人生の最後の章に向かって歩くときに、そっと寄り添い、心をやわらかく整えてくれる“祈り”のような一冊だ。

忙しさに追われる今だからこそ、ゆっくりページをめくりながら、自分自身と向き合ってみたくなる。「老いじたく」とは、静けさの中に、未来への希望を見つけることなのかもしれない。