NPO法人つどい場さくらちゃん代表 丸尾 多重子さん 前編

丸尾多重子さんを真ん中に有岡陽子さん(左)、戸牧一枝さん(右)

Profile

「NPO法人つどい場さくらちゃん」理事長 丸尾 多重子さん

大阪市生まれ。2004年3月兵庫県西宮市に〈つどい場さくらちゃん〉設立。介護者や介護従事者が交流する、地域になくてはならないつどいの場として今年で20周年を迎える。介護に関する情報や知識、介護・医療従事者とのつながり、そして関西人ならではの「オチをつけたい」という面白さに助けられた介護者は数知れず。つどい場の運営のほか、講演活動も積極的に行っている。

「NPO法人 つどい場さくらちゃん」
https://www.facebook.com/tsudoibasakurachan

後悔と怒りのパワーから生まれた「つどい場さくらちゃん」

兵庫県西宮市で「NPO法人つどい場さくらちゃん」を運営する丸尾多重子さん。愛称は「まるちゃん」。ケアネーネ編集部が初めてまるちゃんを訪ねたのは2014年のことでした。なんと今年は、「つどい場さくらちゃん」20年の節目にあたる年、ご縁あって再びお伺いすることができました。

つどい場さくらちゃんは、家族の介護をする人や要介護の高齢者、医師、介護職、行政関係者など、さまざまな人が“まじくる(まるちゃんのつくった言葉で、いろんな人が混ざり合い、しゃべくりあうこと)”集いの場です。
つどい場さくらちゃんを始める前、家族3人を10年にわたって介護し、看取ってきたまるちゃん。

「あの時は自分に介護や医療の知識がなさすぎた。もっとできることはなかったのか、自分自身への怒りと後悔はまだ残ってますよ」

そして、ヘルパー1級取得講座で目の当たりにした、人を人とも思わない介護の衝撃的な光景。「入浴介助で、介護スタッフがストレッチャーに乗せられたおばあちゃんに、ホースでお湯をジャーっとかけたんです。おばあちゃんは泣き叫んでいるし、あれは完全にキレた!」

その怒りのパワーは凄まじく、「自分が何とかしなければ」とつどい場づくりに奔走。2004年、「つどい場さくらちゃん」が誕生しました。

過去の記事はこちらからお読みいただけます。

https://www.nick-corp.com/carenene/pdf/nene05.pdf
https://www.nick-corp.com/carenene/pdf/nene06.pdf

介護には、感情をぶつけられる場所が必要。

つどい場さくらちゃんには、おいしいランチとおしゃべりを楽しみに来る人もいれば、介護の苦しみを吐き出しに来る人も。
「開設してもう20年になるけど、ここへ来はる人で、強い男と弱い女は見たことがない。女の人は人目はばからずに泣きはるでしょ。それでスッキリして明るく帰っていくんです」

来る人の悩み苦しみにじっと耳を傾ける。相談をしに来た人は答えを求めてはいない。ただただ、心の内を聞いてほしいのだとまるちゃんは考えています。

「人間は笑わないかんし、泣かないかんし、怒らないかんし。特に介護は感情ぶつけないとね」

介護者で初めて来る人は大体2時間、最長で4時間しゃべった人も。まるちゃんの前では、みんな自然と言葉が引き出されていくようです。

つどい場さくらちゃんの活動は、相談ばかりではありません。医療や介護の専門家から知識を学ぶ「学びタイ」。コロナ禍でもオンライン講座を開き、介護者の学びを支えています。また、「お出かけタイ」では、介護する家族だけでは難しいお出かけや旅行をサポート。コロナ以前は海外・国内旅行にいろいろな方が参加されていたそう。トイレの介助も、まるちゃんたちスタッフだけではなく介護者同士が助け合う、さくらちゃんならではの温かい旅だったようです。さらに、「見守りタイ」では、在宅介護中の見守りなどを行っています。

介護を支えるつどい場さくらちゃんの「タイ活動」!

学びタイ

介護界の第一線で活躍する講師を迎えて、介護技術や認知症ケアなどのセミナーを開催。講座後の懇親会と称した“飲み会”は、参加者をつなぐ貴重な機会。ざっくばらんにしゃべくりあう、情報収拾・交換の場となっています。現在はオンラインセミナーも多く時代にあわせて進化。

おでかけタイ

介護家族だけでは難しいお出かけをサポートする「おでかけタイ」。これまで、北海道ツアーや温泉旅行、お花見、カラオケなどなど、さまざまなお出かけが企画され、多くの方が参加しています。

見守りタイ

在宅介護中のご家族が外出したいときの見守りや、一人暮らしのお年寄りの話し相手などを行う「見守りタイ」活動。介護保険サービスではカバーできない病院への付き添いなど、ニーズに合わせてきめ細かくサポートしています。

えっ!まるちゃんが介護される側に?

9年ぶりに、またまるちゃんの話が聞きたい!と、つどい場さくらちゃんの本を執筆するフリーライターの上村さんに連絡をしてみると、あのパワーの塊のような、長年介護する人を支え続けてきたまるちゃんが、介護される側になったというのです。こうしちゃいられない!と、ケアネーネ編集部はさっそく西宮市のつどい場さくらちゃんへ駆けつけました。

迎えてくれたまるちゃんの元気そうな姿を見て、まずは一安心。聞くと2020年から2021年にかけて2度入院し、手術までしたとのこと。その当時のことを、以前は介護生活をまるちゃんに支えられ、今ではまるちゃんを支える、有岡陽子さん、西村早苗さん、戸牧一枝さんにお聞きしました。ちなみに、有岡さんは、認知症のお母さんをひとりで在宅介護していた時まるちゃんに助けられ、今ではまるちゃんとケンカもしょっちゅうという姉妹のような仲。西村さんは脳卒中を発症したご主人を25年間介護してきた、さくらちゃんが始まった時からのお付き合い。戸牧さんは若年性アルツハイマー型認知症のご主人の、介護も最期の時もまるちゃんに支えられました。この4人の仲間を、周りは「フォーエバーレディース」と呼ぶのだそうです!

「1回目の入院の時は、ひどいけいれんを起こしたんですよ」と有岡さん。入院する半年ほど前に転倒したまるちゃん。みんなには黙っていましたが、7か月後の新型コロナワクチン接種後に異常な痛みを感じ「転んだから痛いのか、ワクチンで痛いのかわからへん」と話し病院へ行くことに。剥離骨折をするほどの大けがでした。リハビリに通うことになり、その途中で2度目の転倒。またみんなに内緒にしていたところ、有岡さんが左手のアザを見つけたのです。

「まるちゃん、しびれが起き始めたんです。モノ落として何も握れないのに、何でもないって言い張って」

まるちゃんは、血液検査をしても病院に結果を聞きに行かないほどの病院ギライ。入院して検査した方がいいと言われたところを通院にしてもらい、さくらちゃんに帰ってきて数時間後、全身けいれんが起きたのです。

「西村さんと戸牧さんが先に家に帰って、私はもう1時間ほど居ようと思っていたらけいれんし始めて。とっさに“まるちゃん大丈夫やで”って抱きしめました。ちょうどその時、主治医の長尾先生から電話があって、すぐに救急に運べと。西村さん戸牧さんにもすぐに戻ってもらって、一緒に病院に連れていきました」

救急のベッドの上でもけいれんで呼吸が止まりそうになり即入院。それでも2週間後には元気に退院することができました。けいれん発作の原因は「てんかん」で、パーキンソン症候群のひとつ「大脳皮質基底核変性症」の可能性もあるという診断でした。

命の危機を救ったのは、いつもの仲間たち。

すべては笑い話?!まるちゃんの介護をネタに笑いが止まりません。
まるちゃんの書籍を書いた上村悦子さん(右)や常連さんたちも一緒に思い出話に花が咲きます。

2度目の入院はその年の年末。翌日に4人で美容院へ行く約束をしていたまるちゃん。その日、お正月の支度をして夕食を済ませると、疲れが出たのか介護ベッドで爆睡。夜中に目が覚め、午前3時ごろにお風呂に入りました。しかし、足に力が入らず浴槽から出られなくなったのです。

「死ぬとは思ってなかったし、恐怖もなかったですよ。みんなと約束してるから、9時には来てくれはるし。歳とったら、人と約束するのは大事やね」

9時の約束でしたが、何を予感していたのか1時間前の8時にさくらちゃんに来た有岡さん。

「テレビはついてるけど、まるちゃんは居ない。何か起きたんやと思いました。“まるちゃん!”と呼んで探してたら、お風呂から“出られへん”って声がしてお風呂場開けたんです。それで浴槽から上げようとしたらイタイ、イタイって言うし、私もギックリ腰やし、西村さんと戸牧さんに連絡しました」

まるちゃんを引き上げたのは、最年長の戸牧さんでした。

「夢中でよく覚えてないんやけど、すごく重たかった。ほんま、よう上がったわ」

西村さんが車イスにバスタオルを敷き、体を拭いてパジャマを着せて病院に向かう準備。いざというときの連係プレーは、フォーエバーレディースならではです。「美容院じゃなく、病院へ行くんやで」とまるちゃんに告げ病院へ。検査の結果、慢性硬膜下血腫と診断され、即手術することになりました。頭蓋骨に穴をあけ、管でたまった血液を抜くという比較的簡単な手術で済んだので、3日後には無事退院できたそうです。「西村さんの車で戸牧さんと私で病院へ迎えに行ったとき、西村さんが低~い声で“具合悪いいうことは言ってくれんとわからへん”と説教ですわ」と有岡さん。西村さんも戸牧さんも、お正月は家族との予定があったにもかかわらず、まるちゃんの退院に駆けつけました。おふたりのご家族も、ご主人の介護でまるちゃんに助けられたことを理解し、さくらちゃんのことを優先させてあげてと言ってくれたそうです。

自分の老いを受け入れるのは難しい。

退院後、車イスのお世話にもなったというまるちゃん。最初は、「なんで私が車イス乗らなあかんねん」と抗っていたといいます。しかし、新春恒例の西宮神社のえびすさんに行った時、いつものように歩けるはずだったのに、だんだん体が辛くなり車イスに乗ることに。

「初めて車イスに乗る人の気持ちがわかりました。押しているときは、あんなに寒いだなんて思ってなかった」
「それまで、自分の老いをなかなか受け入れられなかったんです」

「ある時、洗濯から何から全部やってしまったら、まるちゃん所在なさげにしてて。これはあかんと思って…」

退院して1週間、泊まり込みでお世話をした有岡さん。まるちゃんに無理させないように、何でもやってあげていたそうです。でも…

まるちゃんも、「やってくれるのは助かる。でも、それに慣れてしまうのが怖いねん。これから先、やってもらわなあかん時が来るかもしれん。それまでは、やれることはやるから」と。

「どこかお母ちゃんと重ね合わせ過ぎてたんやね。まるちゃんは、段階を踏んで自分の老いを受け入れていったんやと思います」
入院や介護される側になって、老いに気づき、受け入れていったまるちゃん。「老いることは未経験。できないことがあっても、それを面白いと思ったらいいんですよ」と、やっぱり前向きです。これから自分や家族の老いとどう向き合うのか、最期はどう迎えたいか、お話はまだまだ続きます。

まるちゃんのお通じもみんなで共有して管理。今日は「大バナナ」笑。

※後編の最後に、まるちゃんの本をプレゼント!

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